石の矢じりを使った猪や魚などの狩猟と、木の実や貝の採集が生活の中心でした。人々は集団で力をあわせて働き、収穫はみんなで公平に分け合い、集落単位の自給自足生活をしていました。
表面に植物の繊維をより合わせた縄を転がしてつけた模様がさかんにつけられた縄文式土器(新潟県から出土した紀元前500年のもの)は、低温で焼いた厚手の黒褐色のもろいもので、形はさまざまです。
採集生活は自然条件に左右されることが大きく不安定であったため、人々はあらゆる自然現象を深く恐れ、敬っていました。縄文後期には、女性を模った土偶(中部地方の紀元前2500年ごろのものと、東北地方の紀元前1000年ごろのもの)が多く作られましたが、災いをさけるための呪術的な風習だったと考えられます。
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